日本文学、歴史建築、民藝品を堪能する1日!東京の駒場公園内外の施設を巡ってきました

文芸とデザインの都「東京」には様々な文化・芸術施設があります。長年日本を旅して、数多くのアートギャラリーを回ってきたと自負している筆者(台湾人)でも、まだ見ぬスポットがたくさんあるのです。今回のtsunagu Japan企画記事「1日時間ができたら行ってみたい!東京のスポット」シリーズでは、東京目黒区の駒場公園一帯を訪れることにしました。もしあなたが歴史的建造物や日本文学、民藝品が好きであれば、私と一緒に駒場公園やその周辺でアートの冒険へと出かけませんか?素敵な施設をめぐりながら、都会の森をゆったりと散歩したり、文学をテーマにしたカフェでお茶を楽しむこともできるでしょう。

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地図上のまだ訪れたことのない場所

多くの人は「行きたいカフェリスト」を書き留めたり、または私と同じようにスマホの地図アプリにいつか行ってみたい場所の印をつけていることかと思います。長年東京に住んでいる私も、Googleマップ上には地図を覆いつくすほどの印があります。しかし、いざ休みの日に都内を小旅行しようと計画しても、なんだかんだで先延ばしにして、行かずじまいになっていました。

今回「1日時間ができたら、行ってみたい!」シリーズ記事を企画するにあたり、私はあらためてGoogleマップを開き、どこへ行きたいのか考えてみました。そこで、何の雑誌や番組で知ったのかはよく覚えていませんが、公園の中にある一軒のカフェ「BUNDAN COFEE&BEER」に印がついているのを見つけました。さらに調べてみると、同じ園内に「日本近代文学館」「旧前田伯爵家本邸」、さらに近隣の公園には「日本民藝館」まであることがわかりました。このような施設は私にとって未知の領域ではありましたが、まだ知らぬ東京や日本文化の多様な側面を知ることができるかもしれないと思い、早速友人を誘って共にアートの冒険に出掛けることにしました!

東京目黒区の「駒場」エリアについて

「駒場」はその地名の漢字からも推測できるように、馬と関連のある土地です。江戸時代に将軍家が「駒場野」に鷹狩場を据え、狩りに出かける際にここに馬を停めたことから、その名がついたと言われています。現代の東京ではもちろん馬を繋ぎとめる場所はありません。この付近の2エリア、洗練された雰囲気の「*奥渋」と個性的なトレンドの聖地「下北沢」の雰囲気を混ぜ合わせたような場所かと想像していたのですが、実際に井の頭線「駒場東大前」駅を降りみると、目の前に東京大学駒場キャンパスの入口があり、隣には1軒のマクドナルドと小さなお店が数軒あるだけで、辺りはとても静かです。電車の音やセミの鳴き声が響きわたり、絶えず賑わっている大学街のイメージとはとても思えぬ雰囲気でした。

*奥渋:奥渋谷、またの名を「裏渋谷」。渋谷東急本店から代々木八幡駅までの一帯を指します。近年はシンプルかつ洗練されたカフェや雑貨店で人気です。
 

「駒場公園」は緑豊かな住宅地にあります

地図と標識に従って歩くと、住宅地の中に佇む駒場公園に辿り着きました。井の頭線で行く場合は、まるで秘密の道のような小道を通って南門に行くか、駒場通り沿いを歩いて、竹垣と木でできた東門から公園に入ります。代々木上原駅から歩いてくる場合は、正門を使うのが一番便利でしょう。国の重要文化財にも指定されている正門と守衛所は落ち着いた重厚感を放っています。

公園に足を踏み入れると、緑豊かな木々が涼しさをもたらし、東京の都心にいることを忘れさせてくれます。クワガタを見つけて喜ぶ親子、木の下でのんびり読書する男性、近道をしようと公園を横切る夏の制服姿の中学生たちーーここでは日本の夏の日常の1コマが見られます。
 

昭和初期の貴族の生活を垣間見る「旧前田家本邸」

公園の中央までやって来ると、まるでドラえもんのどこでもドアを潜り抜けて外国へやってきたかのように、異国情緒溢れる建築物が目に飛び込んできます。その入口には「前田家」と書いてあります。一体どんな人が住んでいたか、気になりますよね。ここは旧加賀藩(現石川県)藩主、前田家第16代当主侯爵の「前田利為」の邸宅です。

ヨーロッパを旅行した経験が豊富だった利為侯は1927年に駐英大使館付武官として勤務していた時、帰国した後の駒場の新邸のデザインを既に決めていたそうです。「洋館」には家族が共に生活する空間以外にも、外国からの貴賓を接待する「迎賓館」の役割を設け、さらに外国からのお客さんに向け、日本文化を紹介する「和館」も建てました。

イギリスのカントリーハウススタイルを採用した洋館は、中央の入口に出っ張った形の車寄せの場所があり、右側にはまるで城郭のような三角錐の尖塔がそびえています。南側は3つのアーチが連なったアーケードを付けたテラスになっていて、2階にはバルコニーがあります。車寄せ・入口・廊下、いずれをとっても平たいアーチ状のフォルムをしており、チューダー様式の建造物の特色をよく表現しています。近くに寄ってみると、壁を覆うように貼ってある褐色のスクラッチタイルは、旧帝国ホテルの外壁にも使われており、同時期の台湾の歴史的建造物にもみられるものです。装飾の細かい部分や他の建築物とのつながりを通じ、当時人気だったスタイルがどういったものなのかわかるのも、歴史的建造物を見るときの楽しみの1つでしょう。

中に入ると、様々なデザインのシャンデリア、豪華で広々とした大小の客室、白い大理石の暖炉がある大食堂があり、随所に気品あるスタイルが感じられます。この他にも、驚くような機能や設計があります。例えば、執事など使用人を呼び出すボタンがあります。食堂から一歩離れるとシンプルなスタイルが見られ、対外的にお客様に向けては豪華絢爛な様子を見せながらも、内側となる使用人のための空間は実に簡素ながら機能的な生活空間があったことが分かります。
 

中央に位置する大階段は、柱に刻まれた彫刻とヨーロッパで流行したアカンサス模様が1階から2階まで続いています。非常に印象深いのは、階段下のスペースの使い方です。現代ではこのようなスペースは倉庫やお手洗いとして利用される場合が多いですが、ここでは建物の外観と同じ平たいアーチ型をしており、内側には暖炉とソファを置いた「イングルヌック(暖かく居心地の良い場所という意味のスペース)」があります。

2階に着いてからは、書斎・寝室・子供部屋の順に見学しました。当初の部屋が、家族のメンバーが増えるにしたがって、様子が変わっていったことが見てとれます。また、文化財の復元・保存・再現に日本人が多くの力を入れていることも感じられました。モノクロ写真に写されたレイアウトや残された壁紙・絨毯の切れ端などを通じ、可能な限り当時の様子が再現されています。書斎の本は前田家の子孫から提供されたもので、当時並べられていたように本が飾られているというのです。

より多くの人に歴史的建造物の魅力を知らせるためには、元々ある空間にある程度の調整を加え、資料やデジタル展示を設置するのも欠かせないでしょう。元は三男の自室であった場所は現在では図書室になっており、前田家ゆかりの石川県金沢の旅行雑誌が置いてあります。もし全く解説がなければ、右側に突然現れる出っ張りが実はエレベーターを作るために改装されたとはわからないことでしょう。バリアフリーの動線を作るには、雰囲気を壊さないよう、なるべく全体のスタイルを整えるようにしなければなりません。
 

この他にも、展示室には今と昔を比較した写真が多くあり、前田一家がかつて広場で乗馬やスキーを楽しんだ様子、イギリスの高級家具メーカーから購入した寝室の家具のデザイン画、そして建物が順調に完成するように祈願した棟札が見れます。かつては会議室だった場所は、今では建物を紹介する為に動画を流す場所となりました。

見学している途中、丁寧に説明してくれた学芸員さんは次の修復プランについても紹介をしてくれました。その説明を聞き、私は日本人の古跡に対する思いの強さに感心しました。こちらは貴重な歴史的建造物でありながら、入館料は無料です。自由に写真を撮ることもでき、ボランティアによる無料ガイドまで受けられるのです。隣の和館もまた、一般人に貸し出しをしており、茶道・花道・俳句などのイベントを開催することができます。ここから、日本人の高度な文化素養、そして建築物を大切にする心が見受けられます。私も今回の訪問を通じ、まだ訪れたことのない東京の歴史的建造物に対し、深い興味を持つようになりました。

日本の文豪の名作に思いを馳せる「日本近代文学館」

日本史において「近代」とは明治維新(1868年)から第二次世界大戦の終結(1945年)までの時期を指します。その時代は遠い昔のように感じるかもしれませんが、文学の魅力は時代を超えます。例えば、近代の有名な日本の文豪といえば、芥川龍之介・夏目漱石・川端康成・太宰治などがいますが、彼らの作品は多くの言語に訳され、出版されています。私の出身である台湾の高校の国語の教科書にも芥川龍之介の「藪の中」が載っていたと記憶しています。このことからもわかるように、日本の近代文学は世界文学の中でも一定の地位を築いているのです。

日本文学が好きな人や日本語がわかる人にとって、旧前田家本邸・和館のすぐ隣にある「日本近代文学館」は、日本近代文学の真髄に近づける場所であると言えます。
 

1階の入口のカウンターの隣には、多くの名作のポストカードが売られており、発売された当初の初版の表紙を描いたものや、作家の原稿や関連する写真が印刷されています。そこで「山の音」「伊豆の踊子」「斜陽」など、私が読んだことのある小説を見つけました。親近感が湧いたので、数枚買って日本文学が好きな友人に送ることにしました。カウンターの右側には有料の閲覧室があり、館の蔵書を取った後、そこでゆっくり読むことができます。また、もし2階の特別展・企画展が見たければ、ここでチケットを買わなければなりません。

今回の展示のテーマは「教科書のなかの文学/教室のそとの文学Ⅳ──夏目漱石『こころ』とその時代」でした。日本旅行に詳しい人は、夏目漱石と聞けば、愛媛松山が「坊っちゃん」の舞台であることを連想するかもしれませんが、実は日本では、教科書に載っている「こころ」も非常によく知られた夏目漱石の名作なのです。私は以前この作品を読んだことがあったので、更に詳しく知りたいと思い、また、普段は美術館や写真展を参観することが多かったので、文学がどのように展示されるかにもとても興味がありました。

展示室に足を踏み入れると、手書きの原稿をじっくり見ることができ、作者が作品を書いていた当時の息遣いが感じられます。それを見れば、どこの部分でどういった推敲がなされ、調整がされていたのかを知ることもできるでしょう。また、小説の登場人物が通った場所の経路、当時の景色の写真、3D地図も展示されています。作者が描いた「いびつな円」が登場人物の心理状態のみならず、実際の地形の起伏や路線とも関連があることを、読者に伝えようとしているのです。この他にも、小説の中でもあげられた重要な歴史事件である「乃木希典の殉死」に対する、同年代の他の文学者の反応についても取り上げられています。

展示のほかにも、文学館では常に多種多様な講座・講演が開かれています。「声のライブラリー」といって文学者が自身の作品を朗読するイベントなどもありました。静かに読むのとは違って、日本語の音の音律を楽しむことができます。

日本文学に興味がある人であれば、日本近代文学館はぜひ一度は訪れることをおすすめしたい場所です。ここでは過去に読んだことのある本を様々な視点から見つめ、再認識できるだけでなく、文学館の存在の意義を理解することができます。

コーヒーと本のコラボレーション「BUNDAN COFFEE&BEER」

文学に関する展示を見たあと、日本近代文学館の1階の片隅にある「BUNDAN COFFEE & BEER」で少し休憩をしました。店内には木製のアンティーク家具が並べられ、暖かな光の中、レトロな喫茶店の雰囲気が感じられます。最も人々の注目を集めるのは、壁一面に並べられた約2万冊の本が納められた本棚で、どの本も好きに読むことができ、朝ごはんやアフターヌーンティーを優雅な読書時間と共に過ごすことができます。

しかし何よりも魅力的なのは、やはりその文学味溢れたカフェメニューでしょう。文字がびっしりと書かれたメニューは、よく見ると小説の中の料理を再現しており、作者や作品の名前の飲み物まであります。メニューの中には、名前の由来を紹介する説明もあり、原作から一文引用した文章も読むことができます。

例えば「坂口安吾の焼鮭サンドイッチ」は、新潟出身の無頼派の代表的な作家である坂口安吾からインスピレーションを得て作られたものです。坂口は44歳の時に「わが工夫せるオジヤ」を書き、その中で自分が如何にして故郷の料理である「焼鮭サンドイッチ」を改良してきたかを詳しく述べています。BUNDANではその作り方を参考に、少し調整を加え、トーストの具には醤油漬けのサーモンのほか、たまねぎやパプリカを加えております。エネルギッシュな朝ごはんとしてぴったりなメニューです。

食べ物以外にも、デザートも大変人気です。例えば、日本の小説家、梶井基次郎の代表作である「檸檬」がテーマのサンデーはさっぱりとした甘さを楽しめます。イギリスの文豪、ウィリアム・シェイクスピアの名前をとったスコーンは、特製の塩キャラメルソースがかけられ、食欲がそそられます。もし日本語がわからなくても、食べ物を通じ、文学の世界観に浸れることでしょう。
 

生活工芸の美を発掘する「日本民藝館」

駒場公園を後にして、本日の最終目的地「日本民藝館」に辿り着きました。

日本の食器やプロダクトデザインに詳しい人は、柳宗理を知っていることでしょう。柳宗理の作る家庭用品は、そのモダンで滑らかな曲線美と、「手になじむ」というコンセプト、使い勝手の良さで高い人気を得ています。その創作理念は「民藝運動の父」と呼ばれる柳宗悦まで遡ることができます。

「民藝」とはすなわち、民衆の工芸を指します。思想家の柳宗悦は1926年に「日本民藝美術館設立趣意書」を発刊します。日常生活の中で使用する器具の美しさを発掘するために、日本特有の民藝運動を展開しました。そして「民藝の美」の概念を普及させるために、多くの賛同者の支援を受け、1936年に日本民藝館を設立したのです。柳宗悦が初代館長を務め、息子の宗理は第三代館長を務めました。

民藝館を設立した後も、柳宗悦は日本各地に積極的に赴き、調査や収集を行い、同時に朝鮮やアイヌ、台湾少数民族などの工芸文化を広めました。彼は世間に対し、無名な作者によって作られた陶磁器や絵画、染織、漆器や木工品などの工芸品を紹介するのに尽力しましたが、それらは当時の美術史や西洋の近代美術の観点では正当な評価が得られていないものでした。

現在の日本民藝館には、約17,000点以上の国内外からの新旧工芸品が所蔵されています。民藝品の収集や保管、そして関連する調査研究を行うほか、どういった展示内容をするかを企画しています。もちろん、それらの展示は全て柳宗悦が日本民藝館を創設したときの理念ーすなわち、民藝思想の普及を目的としています。

館内に入ると、高い天井と左右に続く木製の階段が見え、非常に洗練された空間が広がります。ここは普通の美術館と違って特定の順路はなく、会場図を見て好きに見学する順番を決められます。各工芸品の隣には、名前・技法・制作年代以外に説明文はなく、参観者が自身の目と心を使って作品を楽しみ、知識ではなく直に作品を観ることができます。

2階には特別展を実施するメイン展示エリア「大展示室」があります。これは2021年に創設80周年を迎えることを記念してリニューアルされたものです。入口には駒場公園から見える緑を背景に、天井から漏れる自然光が床に反射し、のんびりした空間が広がっています。館内の1階にはショップがあり、普通の本屋では買えない日本民藝館のみで出版している出版物や柳宗悦・民藝関連の書籍、素敵な民藝品が売られています。

この記事に載せている写真はすべて民藝館側の許可を得ており、見学者がいないタイミングを狙って撮ったものです。取材をした日は施設の見学者が後を絶たず、ショップのレジには会計を待つ列ができており、とても平日の午後だとは思えないほどの人気ぶりでした。そのようなことからも、日本人の工芸品に対する強い関心や民藝の美が日本人の日常生活に浸透していることが感じられます。私も次に来るときは、向かいにある西館(旧柳宗悦邸)を訪れることを楽しみにしています。

何度も訪れる価値のある文芸体験

最初はただ適当に記録していたカフェを訪れるだけだったつもりが、実際に行ってみると、周囲にはいろいろな施設があり、こんなにも充実した文芸の旅を楽しめるとは思いもしませんでした。今後は、定期的に文学館及び民藝館の最新展示内容を確認し、今回は行くことができなかった旧前田邸の壁泉と和館へと続く渡り廊下にも行ってみたいです。聞くところによると、特別公開日の時しか公開されていないルートだそうです。

今回の文芸体験を通じ、私はまるで新しい領域への鍵を得たかのような気持ちになりました。そして今後はまだ行ったことのない都内の遺跡や歴史的建造物を訪れ、より多くの日本文学作品を読み、そして食卓には異なる食器を並べたいと思うようになりました。きっと東京にはまだ知らぬたくさんの素敵な文芸スポットがあることと思います。

この記事に掲載されている情報は、公開時点のものです。


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Dawn
Dawn Cheng