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古くから愛され続ける「鎚起銅器」〜カンカンと響く音から探る日本の伝統工芸 

美しい光沢を帯びた銅器。鋳造技術で作られたお寺の鐘から、打ち出し技法で作られた鎚起鍋などの道具まで、古くから日本の至るところで使用されてきました。なぜ銅器は幅広い分野で活躍することができるのでしょうか。どんなメリットがあるのでしょう?そして、もし良質な手作り銅製品が買いたい場合、どこに行けばよいのでしょうか?今回、筆者はtsunagu Japan特集企画「Culture of Japan」の取材で、東京都奥浅草にある「銅銀銅器店」を訪れました。今回は40年以上の経験を持つ銅器職人の話を聞きながら、鎚起銅器の裏側の秘密に迫ります。

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浅草で雷門と書かれた大きな赤提灯をくぐり、仲見世商店街の人波をかき分けて進みます。角を曲がって浅草花屋敷を抜け、奥浅草(浅草寺より北側のエリア)の千束商店街にやってきました。すると、リズミカルにカンカンと力強く金属をたたく音が絶えず聞こえてきます。商店街の中ほどに住宅のような2階建ての建物があり、ガラス窓から形や大きさの異なる銅器が艶やかに輝いているのが見えます。

銅器とは?

銅器とは、銅を原料に加工して作られた器具を指します。調理器具・容器・楽器・照明器具からお寺の銅像や銅製の鐘まで、すべて銅製品として区分されるのです。古くより、日本は銅がよく使用され、日本の小学校でよく見られる二宮金次郎像や新年にお寺で鳴り響く除夜の鐘まで、そのほぼ全てが銅で作られています。「鋳造の町」として知られる富山県高岡市や「鎚起銅器の産地」である新潟県燕市なども、銅器の産地として日本で名高い地域です。

銅製品の特徴とは?

形を変えるのが容易な金属でありながら寿命が長い銅は、様々な加工品を作るのに適しています。銅は熱伝導性にも優れており、火にかけた時、銅器が熱を伝える速度はステンレス製に比べて22倍も速いそうです。この優れた熱伝導性により、熱を一か所に集中させることなく、鍋の底を焦がしたりすることもありません。また、保冷効果・抗菌効果も高く、調理器具を作るのにも適しています。そしてなにより、銅製品の最大の魅力といえば、やはりその美しい輝きと色合いでしょう。

ただ、銅器にも欠点はあります。1つ挙げるとしたら錆びやすい点です。このため、日本の「食品衛生法」の規制で、銅製の調理器具や食品に触れる器は必ず錫や銀でメッキをしなければなりません。

銅製品の伝統工芸:鍛金・彫金・鋳金

日本には銅器を加工するにあたり、たくさんの伝統的な技法があります。大きく分けると、「鍛金(金属を叩いて成形する技法)」「彫金(金属の表面に彫刻を施してデザインする技法)」「鋳金(金属を溶かした後、型に入れて冷却して固める技法)」の3つです。特に、江戸時代の中期に東北地方の仙台から新潟燕市に職人が流れたことを機に伝わった「鎚起銅器」は、鍛金技術の1種としてよく知られています。

「鎚起銅器」は職人が1枚の銅板と数百種にも上る鎚、そして鳥口(またの名を当金、鍛造成型で使われる鉄の道具)を使って金属を叩きながら立体作品に仕上げます。「鎚起」は「鎚」で「打ち起こす」という文字通り、鎚を使って金属の板を叩き、立体に成形する技術です。作品の複雑さによって、鎚起銅器を作るのにかかる時間は異なりますが、長いものでは1ヶ月かかるものもあるそうです。同じ鎚起銅器は1つとしてないため、職人の技と魂がこもった一品だといえるでしょう。

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鎚起銅器はどこで購入できる?東京奥浅草にある「銅銀銅器店」

今回、より深く銅器の魅力を探るため、筆者は東京都台東区浅草の千束商店街にある創業99年の老舗「銅銀銅器店」を訪れました。三代目銅器職人の星野保さんは、18歳から鍛金職人修行の道に足を踏み入れ、今では数少ない江戸銅器職人の1人です。

星野さんは昔から物を作ることが好きだったそうです。長男だったこともあり、中学の頃から家業を継ぎたいという想いを持つようになったといいます。星野さんはまずは銀器職人に弟子入りをしたそうですが、「銀器は精密で銅より加工が難しい」と聞き、先により緻密な加工を求めらえれる工芸に挑戦してからの方が、銅器を作るときにもっと上手にできると考えたそうです。そして、銀器製造に従事してから4年後に、ようやく実家に戻って銅器の製造を始めました。

しかしながら「銅銀銅器店」というお店の名前は、実は星野さんの銀器造りの経歴とは関係がなく、おじいさまの名前の「銀次郎」から取られたのだ、と星野さんが笑って教えてくれました。創業初期の頃におじいさまが店名に「銀」という文字をつけ、それが今に至るまで残っているのだといいます。「銅銀銅器店」の1階はお店、2階は居住スペースになっています。1階のお店は3つのエリアにわかれており、入口から入って左側が商品展示エリア、右側が星野さんが毎日鎚を握って銅器を作っている作業場、そしてお店の奥が原料や炉が置かれている場所です。

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星野さん流・鎚起銅器の作り方

(1)地金取り:特殊なカッターを使って1cmほどの厚さのある「地金」と呼ばれる銅板を、製品のサイズに合わせて円形(またはその他の作品の形)に切る。

(2)焼きなまし:銅板は非常に硬いため、炉で加熱して熱処理を行う必要があります。高温の火で素材の特製を変化させた後、冷水に浸すことで地金を柔らかくし、手で触れる温度まで下がったら「底板」を作ります。

(3)酸漬け・酸洗い:銅板は加熱された後、表面に酸化被膜が形成され、黒くなります。冷水で流せば、ほとんどの酸化皮膜は流れ落ちますが、約10%の濃度の希硫酸に浸すことで、残りの酸化被膜を取り除きます。

(4)打ちおこし:前処理を施した銅板(もしくは部品)を木台の上に乗せ、木台の不規則な凹凸を使って、製品の底辺と側面の境目に沿って叩きます。そして平らな銅板の縁を立たせて、少しずつ立体にしていきます。

加工をしていく中で、叩くのを繰り返しているうちに銅の組織の密度が高まり、硬くなるため、その時々に応じて「焼きなめし」をし、再度銅を柔らかくしながら加工していきます。

(5)打ち絞り:このステップは「鎚起銅器」における「鎚起」の部分です。半分完成した銅板を「鳥口」または「当金」に乗せ、片手で銅板をゆっくり回しながら、もう片手で木槌を持ち、一定のリズムで銅板を叩き続けることで形を作っていきます。

(6)加工・荒均し:上記までのステップで銅器を成形するのに使うのは木槌でした。銅器の表面に細かい調整や装飾を加えるのに使用するのは金槌です。完成品の表面を金槌で規則正しく叩くと、均整のとれた綺麗な金槌目ができます。銅器の表面は叩けば叩くほど光沢が出るので、根気よく、そして注意深く一定の力で叩き続けることが必要になってきます。

銅製品の多様性

銅工芸の歴史は長いですが、その技術が使われる製品は時代と共に変化しています。奥浅草には多くの料亭があり、昔は冬場になると伝統的な暖房器具「火鉢」を使って、来客が手や身体を温められるようにしていました。「銅銀銅器店」の創業初期はまさにそれらの料亭の要望に応じ、火鉢に入れる、灰を入れるための銅製容器「おとし」を主に作っていました。そして、「火鉢」の需要が減る夏場は、銅製の玉子焼鍋や急須などを作ってたそうです。

時代の移り変わりとともに、お店も伝統的な「火鉢」を使うことが減り、「銅銀銅器店」もまただんだんと生産製品の主軸を他の調理器具へと移してきました。例えば、現在では冬の間は銅製の玉子焼鍋をメインに作っています。コーヒーを飲むのが好きな星野さんは、夏には銅製のコーヒーポットやマグカップ・ティーカップなどを作っているそうです。星野さんがいうには、中華圏のお客さんはお茶を飲む文化があるため、銅製のティーポットを買うことが多く、欧米圏のお客さんはジョッキや生姜おろしを買うことが多いそうです。これらの製品は小さく緻密で錆びづらいため、プレゼント用としても自分用としても持ち帰るのに適しています。

銅製の玉子焼き鍋で作った玉子焼きは美味しくなる?

実は筆者は取材前に、星野さんの作る玉子焼鍋が非常に人気であると聞いていました。その為、銅製の玉子焼鍋と一般的なステンレスやテフロンの玉子焼鍋とでどういった違いがあるのか、非常に気になっていました。星野さんによると、銅鍋は熱伝導性に優れており、且つ蓄熱性も高いため、卵液に均等に熱を加えることができるそうです。更には加熱のスピードも速いので、卵液が半熟の時から少しずつ玉子を巻き始めれば、巻き終わったころには卵液にちょうどよく火が通った状態になるのです。それで、玉子や出汁本来の味が損なわれることがないのだろうといいます。つまり、銅鍋を使えば厚みがありながらもふわっと柔らかく、綺麗に切れる玉子焼きが作れるのです。

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銅器のお手入れ方法

このように緻密で貴重な職人の銅製品を手に入れた後、どのようにしてお手入れをすれば長く使い続けられるのかも、多くの人にとって気になることでしょう。星野さんがいうには、銅器のお手入れ方法は非常に簡単で、まずは初めて使うときに、中性の洗剤と柔らかいスポンジで洗えばよいそうです。その後、毎回の使用後も同じように洗い、良く拭いてから風通しの良いところで乾かしてください。長く使えば使うほど、銅の表面が酸化(硫化)し、器具自体の色が変わったり、黒くなってしまうこともありますが、いずれも正常の範囲なので、心配はいりません。

直火ガスで加熱する際は、空焚きをしたり、急速に温度が下がるようなことはしないように注意してください。錆びるのを防ぐため、なるべく銅器が長時間塩分・酸性物質に触れないようにした方がよいです。また、銅はIHコンロ・オーブン・電子レンジで使うのには適していません。大切に銅鍋をお手入れすれば、40年以上使うこともできるそうですよ。

古代から現代までの美しい銅器の品々

日本は非常に長い銅製品の歴史を持ちますが、それらは伝統工芸と実用性をともに備えたものです。銅は様々な道具に使用され、一般的にみられるのは深鍋や玉子焼き鍋、急須などですが、湯呑み・生姜おろしや食器に至るまで、幅広い用途があります。次回に東京を訪れる際は、ぜひ「銅銀銅器店」を訪れてみてください。お気に入りの銅製品を見つけ、銅器の魅力を体験してみるとよいでしょう。

この記事に掲載されている情報は、公開時点のものです。

ライター紹介

Fuchi
Fuchi Pan
台湾出身、東京在住。手仕事の器や好きなものに囲まれる暮らしに憧れています。
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